エチオピアでの人生が変わる衝撃的体験は、これから色々な折に表現させて戴きます。人生観も価値観も変わる旅を終え、1週間も経たない内にやっと念願のフェニキアの地レバノンへと旅立ちました。母が亡くなり、初七日も経たない時に再び五女山に行き、五女山に行く事は叶わず泣く泣く出直す事を誓い帰ってきた時に、いだきしん先生が「もう一つのシルクロードを辿る旅はどう?」とおっしゃって下さった一言で項垂れていた頭が上がったのです。高句麗の源を辿る旅と受け止めた私は、高句麗の源を辿る事が、私が生きる道と心の中で光を見たのです。その後すぐに行く事は出来ませんでしたが、やっと2000年8月に実現出来たのです。時間が中々とれずにいましたので、何と1泊4日という強行軍でした。ローマの空港に着き、乗り換え、ベイルートに着いたのは深夜でした。フェニキアの地はレバノンだったのです。レバノンは、ニュースで見た印象が強く、怖い所と感じていました。爆撃により噴煙が上がる街の映像や、内戦の時の映像、連合赤軍が亡命していた地というイメージでした。ですが、不思議な位私は、その様なニュースを見てもレバノンに興味を抱くのでした。初めてレバノンの地に降り立ちました。理由もなく、意味も分からず飛行機を降り、空港内を歩く時、スキップする程心が浮き立っていたのです。自然にお腹の底から喜びが生まれ、心が浮き立ってならないのです。まだ暗い中を空港からホテルへ向かう車の中でベイルートの街を眺めました。車のクラクションや急ブレーキをかけるキーッという音がよく聞こえ、大変騒々しい街であります。いつ何が起こるか分からない不安や緊張を感じる街の空気です。それでも私は、レバノンに来れた事がうれしくて、暗い街を、目を見張る様にし見ていたのです。この目でしっかりと見ていたい気持ちで見ていたのです。ホテルに着き、少し休憩をとり数時間後には出発の時が来ました。早朝ベイルートのホテルを出発し、ベイルート市内のフェニキアの遺跡の撮影に出掛けました。明るく強い日差しに驚きました。それでいて、吹く風は爽やかなのです。何と心地良い事かと感動します。そして、私には空間に大宇宙に通ずる光の柱が見えました。フェニキアの精神の柱です。「街や建物は破壊されても、精神までは破壊されない」とメッセージが聞こえます。街は銃撃や銃弾の跡が残っています。建物には銃弾の跡が沢山残っています。破壊された街並みとはまるで違う光景が空間には見えるのです。とても美しく、光輝き永遠の光と立つ、フェニキアの精神が立っているのです。
ビブロスのフェニキアの遺跡に行きました。青い海と青い空、何と美しい風景でしょう。古代フェニキア人の魂が光輝き、満面の笑みで迎えてくれています。ピンクの光が輝き、かわいい女の子達が沢山迎えているのだと感じ、自然に微笑みが生まれます。この光景をいだきしん先生が写真を撮られた時に、ピンクの光が写っていました。やはり私が見たピンクの光は、フェニキアの乙女の魂であったのだと分かり、喜び生まれます。その日はバールベックのホテルに宿泊しました。戦争後間もない事は、その空気やホテルの状態でわかりました。ちゃんとした設備はなく、部屋があるだけという状態のホテルでした。朝食の時にトーストとミルクとコーヒーよりなかったので、私は他のホテルでは必ず出されるスクランブルエッグやベーコン等が次に来るのかと待っていましたが、ここではトーストだけだと知らされました。社会状況の厳しさを知りました。それでも、トーストとミルクとコーヒーだけの朝食は、私にとっては何故かうれしく、心がうきうきしていたのです。レバノンでは、何をしても、どの様な状況でも心が浮き立ってくるのです。バールベックにて、バール神が住むという神殿に行きました。ピンクの光、黄色い光、青い光、グリーンの光全て現れ、ひとつになっていました。バール神とは縁があるとずっと感じていました。感じるだけでなく、高句麗の源を調べた時に行き着いた神であったので、様々な書物により調べていたのです。もう、何十年も前になりますが「ひみこ」という作品を作った事があります。見えるがままに言葉に記していったのです。その時に、バール神まで行き着いたのです。高句麗の源にも通ずるバール神が住むバールベックに辿り着けました事は、やはり魂の導きと感じます。
バールベックから、ベイルートに戻り、またホテルにて数時間過ごし空港への出発の時が来ました。深夜便ですので夜にホテルを発たなければならず、眠る事なくそのまま身支度をし、ホテルを出ました。ホテルの部屋からベイルートの街を心に刻んでおきたい気持ちでじっと見ていました。道中、いだきしん先生からおっしゃって頂いた言葉が心にありました。「2度と来れる様な場所ではないから」というお言葉が心に残っていました。確かに、いつ何が起こるかわからない地であり、どの様な人が潜んでいるのか分からない地であるという事は、肌身で感じる所でありました。ベイルートのホテルの窓から見える風景は、爆撃を受けて破壊された建物です。破壊された建物であっても、誰かが居るのではないかと感じる様な気配があり、恐ろしいと感じていました。2度と来れないという事が寂しくて、私はこの街のどの様な風景であっても、場面であっても、心におさめておきたい気持ちで見入っていたのです。ベイルートの空港を飛行機が飛び立った時、涙込み上げました。街は暗くても、私には光り輝くフェニキアの魂が見え、心が浮き立ってならないのです。