世界伝説 第7弾

1998年10月になりました。ギリシャでのいだきしん先生のコンサートを開催する為に、再びギリシャへと旅立ちました。パルテノン神殿の下にあるギリシャの古代劇場ヘロデスアティコス音楽堂にてコンサートを開催致します。前夜祭は、アテネ市内のホテルにある会場で行われました。コンサート本番、野外劇場で夜風に吹かれながら、甘い香りに包まれました。とても心地良く、古代ギリシャ人が共にある事を感じながら演奏を聴かせて戴きました。コンサートタイトルは「輝く生命の星よ、永遠に」です。夜空を眺めながら、輝く星をずっと見ました。

この星の様に人間の生命は、この夜空に永遠に輝くのだと感じました。亡き母の魂も夜空に輝く星の様に、いつも共にありずっと私を見守ってくれているのだと感じました。いだきしん先生の演奏をずっとお聞きしていると、母が亡くなり、胸の内に空いた穴が塞がっていくのです。ありがたくて涙ばかりがあふれます。古代ギリシャ人の魂もここに共にあり、いだきしん先生の演奏をじっと聴き入っています。亡き母もずっと共にあるのだと感じる事が出来、目に見える世界だけが人間の生きている世界ではないのだという事がよく分かる経験となりました。ギリシャのある島からアリストテレスの研究者が駆けつけて下さいました。いだきしん先生の演奏を聴き、号泣し先生に抱きついておられました。真理を探究しておられる方にとっては、いだきしん先生のコンサートで真理に出会い、魂覚醒する事がどれだけの事かという事を、号泣するお姿を見、感激致しました。古代ギリシャ人もどれだけ先生に会いたかった事でしょうか。コンサート前にアゴラという遺跡に行きました。古代ギリシャ人と対話する美しい、時空を超えた空間でした。ギリシャの神々が顕れ、私は神々のメッセージを詩に書きました。とても素敵な時が流れます。こんな時が生きていてとてもうれしく、楽しい時です。ギリシャにいると、時空を超えて古代ギリシャ人の魂に会える事がとてもうれしいです。人間は死んで終わらない事を、魂は共にある事を感じるひと時の中で、母が亡くなった悲しみにより空いた胸の穴が塞がっていったのでした。これで、やっと立ち上がり生きていけると感じ、心から感謝の気持ちがあふれました。空いた胸の穴が塞がり、よちよち歩きの幼子の様に新たに生きはじめました。

ギリシャから帰国後、次は父が亡くなったのです。よちよち歩きの幼子の様な自分には、父の死は耐えられる事ではありませんでした。大きな打撃を受け、倒れてしまったのです。1998年11月1日、早朝父の危篤を知らせる電話を受け、急いで車を走らせ病院に向かいました。ポルシェの壊れていたカセットがガチャリと音を立て動きはじめました。そして「天女哀歌」が流れ始めたのです。「天女哀歌」は、母が亡くなり初七日も過ぎない頃に再び五女山に行った時に、五女山に行く事が叶わず、泣く泣く出直す事を誓い、瀋陽から日本行きの飛行機に乗り込んだ時に、いだきしん先生が「貴方の胸の内の切ない気持ちを音楽にするからね」とおっしゃり作って下さった曲です。天の心を映す美しい女性の正に哀歌、哀しみの心をそのまま表す、とても美しく哀しい曲です。大好きな曲です。壊れていたカセットが突然動きはじめ、この曲を流してくれた時、父は亡くなるのだと悟ったのでした。病院に着き、父は息を引き取りました。まだ、体も温かく、声をかければ起きる様な父の顔を見、亡くなった事は信じられませんでした。父の体から「行け」と聞こえました。私の心には、間違いなく聞こえたのです。すると、私の隣で泣き伏していた兄が突然「恵子、行けよ」と言ったのです。私も泣き伏していたのですが、即座に立ち上がり「うん、行くね」と言って病室を後にしたのでした。今行かなければ、私は立ち上がる事はないと予感していました。その日は、いだきしん先生のコンサートがあります。私はコンサートに行くのだと決め、病院を後にし、コンサートに行く支度をし始め、コンサート会場に向かいました。

コンサートの後、酷い頭痛により起きれなくなり、そのままベッドに入り込み、全く起きれない状態となってしまいました。父のお通夜も葬儀も何日か後にある事を知らされました。亡くなってから5日はベッドに臥せっていたのです。通夜も葬儀にも行く気ではいましたが、体がどうにも動かなくなっていました。真っ暗闇に落ちてしまったのです。通夜の日の前日、いだきしん先生が電話を下さいました。「お父さんにふさわしいコンサートをしようと考えている」と伝えてくれました。私は起き上がり、涙を流し感謝に震えました。心のどこかで「父は王である」という声が聞こえるのです。「王にふさわしい葬儀をしなければいけない」と聞こえるのです。先生はその事を受け止め、父にふさわしい葬儀をして下さるのだと受け止め、涙あふれ、やっと起き上がれる様になりました。通夜と葬儀に行く事が出来ました。が、葬儀の後再び倒れ、真っ暗闇に落ちました。先生や、先生のご家族や、いだきの社員が私を呼ぶ声は聞こえても、皆がいる世界にとても行く事は出来ませんでした。私は、闇の底に落ちた様で、皆がいる所は光の世界です。とても起き上がる事が出来ませんでした。いだきしん先生は、筆ペンを持ち白紙に「魂」と書いて下さいました。その文字を見た時、私は起き上がる事が出来、皆がいる光の世界に戻れたのです。魂なくして私は生きていけない事を、身をもって経験しました。この「魂」という文字は「高句麗伝説」の詩のファイルの一番最初のページにいつも入れて「高句麗伝説」をさせて戴いてきました。「高句麗伝説」は魂の表現です。続く...