「水面輝く大河 悲しみ 愛と変わる」

盛岡の家の和室に掛かっているマーブリング染めした扇の書の額がいつも盛岡に来る度に心に飛び込んで参ります。マーブリング染めの色が鴨緑江の河の色と自分では感じています。ここは、高句麗の地と同じ北緯40度の地です。マーブリングの鴨緑江の河の色とこの詩がとても身近で生きている様に感じるのです。「東アジアをひとつに」と願う気持ちはずっと胸の奥にあり続けています。ある時のいだきしん先生のコンサートにて、胸の奥に秘めていたこの気持ちに火がついて号泣が止まりませんでした。生まれた時からの悲願を成す時と受け止め、動き始めた時、京都へ導かれ、高句麗人が住んでいた八坂の地の八坂の塔の真下に「高麗ギャラリーカフェ」を創り「高麗」の看板が立ちました。そして東日本大震災が起こり、復興の支援活動の拠点として創った盛岡のNPO高麗東北センターにも「高麗」の看板が掛かりました。東京の拠点をはじめ、仙台と山元町にも「高麗」の看板が立ち、この後どの様に東アジアがひとつになる道を創っていけるのか、盛岡に来る度に考えます。マーブリング額に写る鴨緑江の河の色を見ていると確実に実現に向かっている事を感じられます。本音で生き、はたらきかけを受けながら悲願の実現、そして世界平和実現への道を歩んでいきたいと心から願い日々生きています。今月も北緯40度の地に来れました事はとてもうれしく、感謝しています。ありがとうございます。