春めいた日差しが差し込む東京から比叡山に向かう道中、突然目の前に見たこともない程純白な雪をかぶる富士山が現れました。あまりに清やかで、聖なる美しい富士山の姿に感動し、神と出会えたように心が震え、心は何の憂いも濁りもなく、どこまでも澄んだ透明感あふれる富士山とひとつになっていました。とても幸せを感じました。日本の象徴と感じてきた富士山を見ると、いつも生きる力が生まれます。子供の頃から毎日見てきたのに、こんなに美しい富士山は初めて、と毎日感じてきたのです。今日も今まで見たこともない程美しいと感動しました。

夕暮れ時、寒い中にも、紅梅、白梅の花が咲いていることをみつけ、心の中に花が咲きました。春告花とはよく名付けて下さったと、昔の人の御心を感じ、うれしく感謝の気持ちが生まれます。私は子供の頃から、寒中に咲く梅の花をみつけると暗闇の中に光をみつけたように喜びが生まれます。春が来るので、冬の時を耐えていこうと、生きてきたのです。生きることは苦しく、辛いと感じ生きてきました。春が来るので、生きていこうと、春を希望とし生きてきました。そして、余命2ヶ月となり、生命ぎりぎりの時に、いだきしん先生に出会え、生命助かり、人間とし生きて意味もわかっていける人生が拓かれたのです。その人生は毎日講演会をさせて戴いていても、語り尽くせない程の夢のまた夢、夢にも見ることができない想像を遙かに超える人生となっています。春と人生は私にとっていつもひとつです。真の春を迎えたい気持ちでずっと生きてきました。一人一人が真の自分を活かし、実現し、人間とし生まれてきた意味がわかり、実現できる人生を生き、真の春を皆で迎えたいと望みます。

真白き富士山
空間に輝く水色の光
蒼い光
どこまでも澄んだ透明な空間では
水色の光
蒼い光が
どこまでも澄んだ光としあらわる
人間の生命の内に輝く真の光は
最も澄んだ空間に
あらわる