世界伝説 第145弾

 私は薫る香り、吹く風を感じた時にその香りや風の向かう方向はと心馳せ、見えることを表わし実行し生きています。ある日何の理由か分かりませんが、いだきしん先生が陶器を作られていましたので、もっと本格的に作れる機会があれば良いと考えていました。そんなある時です。突然知り合いの建築家であり不動産屋さんである方から何枚かのFAXが入ったのです。そのFAXは信楽の方の登り窯がある土地、畑付き一軒家の物件情報だったのです。なぜ私にと首を傾げました。電話して尋ねると、以前私が登り窯の話をしていたとおっしゃるのでした。確かにそういう話をしたことがあるかも知れないと思い出しました。信楽にとても良い登り窯が売りに出ていたので私を思い出し、情報を送ってくださったということでした。私は登り窯とはまるで縁がないと考えていましたが、この時見てみたい気持ちになったのです。次に京都に行く時に見に行きたいということを話していたのでした。そしてその時がやってきました。京都から信楽へ行き、川沿いの道を車で走って行くとその物件がありました。すごく大きな登り窯です。登り窯を見ているだけで生命が躍動し、ワクワクし魂が動いてなりません。ここで火を焚き陶器を焼いてみたいという気持ちが生まれたのです。まさか私がそんな気持ちになるとは今まで考えたこともないことでしたので、自分でも驚いてしまいました。その物件は登り窯と畑と大きな一軒家がひとつで、大変安い金額で売りに出ていたのです。買えなくはない金額でありましたが、この登り窯や大きな一軒家、土地や畑を買ってどうするかということを現実的に考えますと、おそらく使うことは滅多にないとは想像がつくのでした。一度はこの一軒家に皆で寝泊まりをし、ずっと火を焚きながら登り窯の番をしている光景が見え、食事係や交代で火を配る係など想像するだけでとても楽しいと感じ、やってみたいと感じましたが、さらに詰めていくとできないという結論に至ったのです。それから私は自分の工房を作り、もっと小さな窯であれば置けるのではないかと考え始めたのです。私は考え始めるとすぐに動き始めます。早速土地を探し始めました。ちょうどボランティア仲間が土地を探していました。私は土地を探したり家を探したり、不動産を探すことが得意です。私が探してあげると言い、調べ始めた時に、ある土地が心に留まったのです。ここが良いと感じました。私の為に探していた訳ではないのに私はその土地を買うと決めたのでした。そこに工房を作ることになったのです。信楽を紹介してくれた建築家であり不動産屋さんの方に相談すると、信楽の物件を買うぐらいの金額で土地を買い工房を建てられると聞きましたので、中古物件よりも新しい方が良いと考えこの土地を買い、ここに工房を作ると決めたのでした。ちょうど窯を作っている方も信楽の方にいらっしゃいました。その方にも会いに行き、その方の作っている窯も見せて頂きました。とても小さな窯なのでこの窯であれば置けると考え、とても嬉しい気持ちでやる気になったのです。八坂の近くにも有名な方の窯が置いてある記念館がありました。その方が窯を作った工房から住まい、展示室、登り窯と展示されてありました。とても心澄まし深遠なる気持ちで一つ一つ見させて戴きました。こんなひと時が私は好きな時です。その方は魂を表現しようと陶器を作ったのだと分かった時に、人間は永遠に生きる存在と分かったのです。自分で釜を持てるのならばとても光栄なことだと感じ、益々窯を作る気持ちは揺るがぬものとなりました。

2013年の大晦日の日に先生の娘さんと2才になろうとする愛麗花ちゃんが私の京都のマンションに泊まりに来ました。大晦日に食事の用意をしているとインターホンが鳴ったのです。私は仲間が来る予定でしたので一瞬開けようと思ったのですが躊躇し、ドアを開けることを止めインターホンに出たのでした。知らない男の人の声がし「下に住んでいる者ですが、余りにうるさいので何とかしてくれ」と言われたのです。良い感じの話し方でもなく、声も恐怖を感じる声でした。ドアを開けずにインターホン越しで「子供が来ていたので、その足音だったのであれば申し訳ありません」と謝罪したのですが、いつもうるさいという内容のことを言ったのです。ただ謝るよりなく、ドアを開けずにインターホンのスイッチを切りました。その声は身が震えるような恐怖を感じる声でした。また、いきなり管理人さんを通さずに直接家に来るということも恐ろしい事と感じました。とてもセキュリティが厳重な高級マンションです。住人が直接玄関越しのインターホンを鳴らすとは、高級マンションに住む人のやることではないと感じ、恐ろしいと感じたのです。

このマンションは京都で2軒目のマンションです。初めて借りたマンションは本能寺跡でした。正に私の住んでいた所が本能寺であったと、ご近所の方から聞きました。毎夜眠れず苦しみました。どんなにお掃除をしても煤だらけとなり、広い部屋をお掃除することはとても大変なことでした。ある日一週間以内にここを出ないと大変なことになるというメッセージが聞こえたのです。火事が起き、焼死するという光景が見えました。私は錯覚か幻聴かと最初は受け止めていましたが、とても気になるようになり気持ちがざわざわし始めたのです。自分では意識していませんでしたが、知らず知らずマンションの物件情報を探し始めていたのです。心惹かれたマンションがこのマンションでした。ところが最初に申し込んだ部屋は断られたのです。断られる理由はないと考えましたが、不動産は縁がないと断られます。オーナーは私のやっている事とは合わない方なのだと分かりました。それでも私はこのマンションに住んでみたいという気持ちが抑えきれずにいました。ある日私の誕生日と同じ数字の部屋が物件情報に載っていたのです。その物件情報をずっと毎日持っていたのです。そんなある日、京都でコンサートがありました。いだきしん先生の娘さんの笑美ちゃんと愛ちゃんが私の家に泊まりに来ていました。帰る時に「私はここを引っ越すので、荷物を全部持って行って欲しい」と話していたそうです。自分はこのように話したことも忘れてしまっているのですが、荷物をなるべく整理しておかなければいけない気持ちであったことは記憶しているのです。笑美ちゃんと愛ちゃんは私は引っ越すのだと、その時受け止めたと後から聞いています。私はその時点で引っ越す気でいたのだということを逆に分かるのでした。そのままボランティア仲間と約束をしていましたので出かけました。本来行うべき予定を行わずに、私はその物件情報を仲間に見せ「ここを見たいのだけど」と話したのです。すぐに不動産屋さんに電話をしてくれ513号室を皆で見に行ったのです。一緒にいた仲間が一言「すごく静かなところ、落ち着く」と言った一言が胸に入ってきたのです。今住んでいたマンションは落ち着かないのです。とても広いのですが物音は大きく聞こえ、いつも何かが蠢いてとても心休める場所ではなかったのです。落ち着けるところが住まいであればありがたい気持ちになり、私はここで暮らしたいという気持ちになったのでした。京都でのコンサート開催が困難となり、私は前月のコンサートを最後にしたいと考え、次回の予約のキャンセルをする用紙まで取り寄せていました。が、翌日予定を変更してまでマンションの内覧をし、その後八坂の塔の写真を撮ると、何と蒼い光が写っていたのです。蒼い風は上昇拡大とのメッセージでした。京都は上昇拡大よりないと受け止めました。引っ越しをし、心機一転上昇拡大の道を行くと決めました。その513号室は再び既に契約が決まっていて借りられない物件であったと分かりました。縁がないマンションとは感じながら、自分はこのマンションに住みたい気持ちが諦めきれず探し続けたのです。いだきしん先生のお部屋と2部屋同時に借りなければいけませんので、必死で探しました。ある時2部屋見つけたのです。今までのお部屋のオーナーとはおそらく性が合わなかったのだと考えます。この2部屋のオーナーさんは別々ですが、今度はおそらく大丈夫であろうと自分は直感しました。直感通りこの度は無事に借りられることになって、引っ越しをしたのです。前のマンションからこちらのマンションに移動する時、まるで敵が追ってくるのをかわすように姿を隠しながら、まだ夜が明けぬ内に移動した方が良いというような気持ちで、仲間と声も出さずに黙って素早く動いて荷を出していったのでした。手伝ってくれた仲間は皆同じような気持ちだったようです。そして敵が来る前に引っ越しが終わったと皆で喜び新しいマンションに荷物を運び込んだのでした。そこまでして借りたマンションですが、確かに前のマンションとは違う音がするのです。何とも気持ち悪い音が聞こえてくるのです。きっと下の方はこの音を私が出していると思ったのだと、だんだん分かってきました。どこからともなく聞こえてくる音はとても気持ちの悪い音でした。また、いだきしん先生のお部屋が台風の時に浸水し、ベッドやクローゼットの中のものが使えなくなってしまう程浸水したのでした。高級マンションでこのようなことがあり得るかと驚くような出来事でした。もうこのマンションには縁がないのだと見切りをつける時が来ました。私は建築計画中の比叡山の工房に、家を2軒作れないかと建築家に相談したのです。ぎりぎり建築設計を変更できる時期でした。考えてくださり工房と家2軒分を作る建築設計に変更して頂いたのです。ぎりぎり間に合いました。愛麗花ちゃんが来てくれて、下の人が文句を言いに来たのでぎりぎり間に合う時期に建築を変更し、比叡山へ移ることになったのです。2014年の8月の暑い日に、皆で京都から比叡山への引っ越しを手伝って頂き無事に引っ越しが終わったのです。続く…