東北の復興支援の道を創りたく、兎に角人に会えば何方かを紹介して頂くお願いをしたり、お話をし、ご紹介頂ければすぐに会いに行っていました。ある時、気仙沼の方とお会いする約束がつくれました。盛岡から高速道路に乗り紫波のサービスエリアで休憩をしていた時に、高速道路のアナウンスが流れました。この先事故により通行止めになっているとのアナウンスでした。心が暗くなりましたが、行くよりないと分かっていますので出発しました。一関インターチェンジで降りました。一関インターチェンジは中尊寺があったり、厳美渓があります。いだきしん先生にお会いする前に、北に行けば何かがあると予感し、体が動くうちに北へ向かっていこうと岩手県の友人に車に乗せて頂き、中尊寺、そして盛岡まで辿り着いたのです。一関で中尊寺と厳美渓に行った事は丁度写真にも残っていますので、よく覚えています。
一関は、小学校の時の大好きだった担任の先生の出身地でした。私は、大学を卒業したばかりの若い美人の先生が大好きでした。この先生の時は、私は自分を表す事が出来、能力も上がり、成績は抜群に良かったです。学級委員に選ばれ、リーダーになり自分を活かしていけたと感じる経験が出来た学年でした。以前、東京から盛岡方面に向かう時にガソリンがなくなりそうになり一関インターチェンジで降りてガソリンスタンドに寄った時に、なんと偶然にもその先生にお会いしたのでした。ここでお会いできるとは夢の様と感じ喜びました。この時、お会いした時が最後となりました。その後、ご結婚されドイツの方に行ってしまわれたので消息がつかめなくなってしまったのです。震災が起こった時に、この先生が岩手県にいらっしゃらないかと探した事もありました。