世界伝説 第129弾

東北復興支援の拠点として作りました東北センターのオープン日がやって参りました。全国から沢山の方がお越し下さいました。この日は、いだきしん先生のオープン記念コンサートを開催させて戴きました。コンサートが始まり、突然胸が苦しくなり驚きました。この場で倒れて死んでしまうのかと心配する程苦しくなりました。何度か席を立とうとしましたが、席を立った所でこの苦しみが治る事はないと分かり、ここにいて先生のピアノを一生懸命聴く事が答えと生命で分かり、苦しいながら椅子に座りピアノの演奏を聴かせて戴きました。しばらくした時、自分の胸の内がバリバリと音を立てる音まで聞こえ、胸が拓いたのです。そして、胸の内から青い鳥が飛び立っていったのです。青い鳥はどこまでも澄んだ水色の透明な色をしていました。青い鳥が飛び立ち、飛翔していった時に胸の苦しみはすっかりとれたのです。この経験が何を意味するのか、いつも考えます。東北の拠点となる盛岡のNPO高麗東北センターは水色や青と自分の中で受け止め、作品も水色や青を使ったものを置く様になりました。そして、オープンの日に飛翔出来たので、この地の活動は必ず飛躍していけると大いなる希望を抱きました。コンサートは最高に素晴らしく、死ぬのかと心配する苦しみから解放され一気に飛翔する経験が出来る程のコンサートでした。感動し、始まった東北センターのオープンです。ところが、翌日マンションの管理会社から呼び出しがあり、住民の苦情が多く看板を外してほしいと言われたのです。コンサートにお越し下さった方がマンションの前を歩いていたり、階段に並んでいる状態に宗教団体が入ったのかと疑われた様です。宗教団体ではありませんので、そこは管理会社の人が話してくれたようですが、看板を外してもらわないと住民がおさまらないというのです。私には納得出来ない事でしたが、いだきしん先生にもご相談し、やむなくここは看板を外す事に致しました。

私にとって「高麗」の看板を外す事は精神を隠す様なものでありましたので、どの様な看板でよいか条件を聞き、その中で自分がこれぞと描く看板を作る事にしました。再び、いだきしん先生に木に「高麗」の文字を書いて頂きました。この看板は、私にとり十分「高麗」の精神を外に表せる見事に美しい素晴らしい看板となりました。

この様な事から始まった東北センターでの活動は常に周りから苦情がない様に気を遣うものでありましたが、こちらがちゃんとしていれば、何を言われても問題ないとは考えていますので、常にこちらの姿勢を隙なくきちんとし、やるべき事はやりながらやっていく気持ちで取り組み始めました。東北の方にお越し頂き、感性豊かに養われる先生のコンサートや「高句麗伝説」の上映会もしたいと考え、音響装置も設置し、スクリーンも備えました。が、やはり音が出ると住民から苦情がくるという事が続きました。事務所を作る時に防音は十分したのです。そして、許可を頂き内装したのです。が、その様な事情は関係なく苦情が来るという現実を受け止めました。周りに気を遣いながらではあっても中に入れば、温もりあふれる温かい空間であります。ここでのいだきしん先生の講座や上映会他様々な催しは、とても温もりあふれるものでした。いだきしん先生が準備の時に囲炉裏を囲んでいるみたいだね、とおっしゃった温もりがある空間となりました。続く…。