いよいよ待ちに待ったレバノンへ出発の時が来ました。出発前、右腕が痛くなり、何故かと考えました。自分には、腕輪をはめ、甲冑を纏う兵士が見えました。何故こうなのかという事は分かりませんが、いずれにしても、この様な状態にある事を自分で自覚し、いだきしん先生がその負担を引き受け、解放して頂き、レバノンへ旅立った事をよく覚えています。
ベイルートに着けば、私はいつも心躍り、スキップしながら歩くのです。只々嬉しく、心が躍るのです。コンサート本番前でありますから、重々体調に気を付け、心身備える事に尽くしました。まず、レバノン大学芸術学部教授のガジ教授と、俳優のネメさんにお会いし、衣装の打合せ、また本番の演出の打合せを致しました。20世紀最高の巨匠といわれるガジ教授が私の衣装をデザインして下さいました。ありがたく、とても美しい衣装に感激しました。演出の打合せは、大変緊張するものでした。一秒も狂ってはならないという事をお話から感じ、私はその時からホテルでストップウォッチを持ち、詩を詠む速度を常に測りながら体で覚えようとしたのです。レバノンの人は飽きっぽく、気が早いので、つまらないと皆帰ってしまうと聞きました。「人が帰らない様に飽きない演出をする事が大切」とガジ教授からお聞きしました。いだきしん先生の演奏は、普通の音楽とは違いますので、その様な演出は必要ではないのではないかと感じながら、郷に入っては郷に従え、という事を心に、この度は演出通りに行う事となりました。リハーサルの時も、何度もストップウォッチで詩を詠む時間を測り、体で覚えようと必死でした。自分はその事ばかりに気がとらわれてしまいました。本番当日、ティールの美容院へ行き、髪をセットして頂きました。早送りビデオの様に物凄い速さでブローして下さり、セットして下さるのです。驚くばかりでした。あまりに早いので、私は緊張も解けて、笑うよりない状態でした。そして、衣装を作って下さった方は、前の日も打合せをしましたが、当日も来て下さっていました。が、私は一部と二部の間の10分間で着替えをし、ヘアスタイルを変え、メイク直しをするという事をガジ教授に言われましたので、何とか時間内に終わらせようと段取りを考えました。まず、言葉が通じない方々とやりとりは出来ませんので、衣装替えの時は、日本から来てくれたスタッフがやってくれるので、来て頂かなくてもいい、という事をお伝えさせて戴きました。ヘアスタイルの変更とメイク直しは、レバノン人にやって頂く事にしました。メイクは、俳優のネメさんの奥様がメイクアップアーティストでありますのでお任せ致しました。全て時間、時間で計り、一秒も遅れられないという事が、とても緊張する事でありました。一部と二部の間、私が衣装替えをしている時、いだきしん先生の演奏が、人々が飽きない様にとガジ教授はおっしゃるのでした。いだきしん先生の演奏を飽きる事など考えられない事でしたが、いだきしん先生は笑って頷いておられました。全て、時間の勝負と感じる本番でした。
私の登場の時は、レバノンの美しく、かわいい少女が一緒に登場する演出となっていました。私の衣装と同じ色、生地のもので作ったドレスを着、天使の様な少女達と一緒に舞台に立つ事が出来ます事は大変嬉しい事でした。そして、何と会場は海辺の会場から当初の予定していましたティールのヒッポドローム遺跡と代わっていたのです。私は、ここでさせて戴きたかったのです。とても嬉しく、感謝で一杯でした。