世界伝説 第24弾

エチオピアコンサートにて、ジェンダーの性差の境が解け、自由になり2002年2月には初めて、イランへ行く機会が訪れました。ある日イラン大使館からお電話があり、お話したい事があるのでお会いしたいという連絡でした。世界開拓の旅でロンドンに行った時、空港に着いた時から、いだきしん先生はイランに行きたいとおっしゃいました。私は、ロンドンに行く事をどれだけ悩んだか知れません。はじめからイランに行きたいお気持ちを知っていたなら、こんな苦労はしなかったと感じ、思わずがっかりしてしまったのです。「早くおっしゃって頂ければよかったのに」と思わず申し上げました。ヒースロー空港からホテルへ向かうロンドンの街並みを見、霧が立ち込め暗い中を車が進んでいく時、とても不安になったのです。その時、イランに行きたいお気持ちを知っていれば、ここには来なかったのに…、と後悔してしまったのでした。いだきしん先生は「ロンドンにあるイラン大使館に行ってみたら」とおっしゃいました。私は、それは行っても仕方がないと最初思ってしまいました。日本でも大使館まわりをしてきましたので、ロンドンにあるイラン大使館はロンドンに住むイラン人の為にある事をよく知っていました。日本人が行っても先方様は何をしていいのか分からない反応になると予想していました。が、いだきしん先生がおっしゃるので、時間もありましたので、飛び込みでイラン大使館に行ったのです。インターホンを鳴らし、名前と用件を申し上げる時、そのまま言うよりなく申し上げると担当官が面会の時間をとって下さったのです。私は世界平和を実現したく、いだきしん先生のコンサートを開催している事をお話させて戴きました。この度はロンドンに来ましたが、いだきしん先生は、イランに行きたいとおっしゃっていますという事もお伝え致しました。今までの活動履歴もお見せしながら、活動をご紹介させて戴きました。気持ちよくお話を聞いて下さり、ご賛同下さいました。が「情報としてお預かりします」とのお答えに、私も頷くよりありませんでした。会って下さっただけありがたいと感謝しました。ロンドンのイラン大使館からの流れで、日本のイラン大使館からお電話があったと私は思い込んでいましたので「ロンドンの大使館からお聞きになったのですか」と尋ねました。そうではなく「高麗恵子さんからお手紙を頂きました」とおっしゃいました。私は、エチオピアコンサートを世界中の国々のリーダーにお伝えする活動をしていました。日本にある大使館にも全てお手紙を書き、コンサートのご案内をさせて戴きました。そのお手紙を読んで下さり、お電話を下さったという事が分かりました。大変うれしい気持ちで初めてイラン大使館を訪れました。大使館は、既にその国の空気そのものとなっています。イラン大使館に一歩足を踏み入れた時、そこはイランでした。ペルシャ絨毯が敷かれ、とても素敵な調度品が置かれています。ソファに座ると内面深くを感じていけます。素敵な所と自分は感じました。お電話を下さった文化担当のイラン人が入ってきました。とても知的で思慮深く、やさしい御方でした。お話する内容も本質的なお話で、とても充実感を感じ、楽しく話し合いをする事が出来ました。表面的な話し合いは虚しいですが、本質的な話し合いが出来る時は、とても豊かな時です。その方に「イランの音楽フェスティバルにて演奏なさいませんか」とおっしゃって頂き、私は夢の様だと驚き、喜びました。私自身はすぐにでもお返事をしたかったのですが、演奏して下さる、いだきしん先生の承諾を得ずにはお答え出来ませんので、私はそのままお話をさせて戴きました。自分は喜び、是非参加したいと申し上げ、演奏されるいだきしん先生の承諾を得てからすぐにお返事をしますと申し上げ、イラン大使館を後にしました。とても不思議なご縁と巡りと感じました。いだきしん先生は、もちろんすぐにご承諾下さいました。ロンドンにいる時からイランに行きたいとおっしゃっていたのですから、自然と行ける時が訪れました事の流れに私は神を見ました。

イランに行く事が決まり、再び文化担当の方と打合せをさせて戴きました。イランはイスラム教の国家なので、女性は髪を隠す事、化粧は薄くする事を伝えられました。宿泊するホテルは、イランを代表する伝統的ホテルと聞きました。ラーレという名前のホテルです。ラーレはチューリップという意味があるとお聞き致しました。何かとても素敵だと感じ、この時の会話が今も心に残っているのです。実際、テヘランにてラーレホテルを見た時、建物の形がチューリップの様な形をしていましたので、自然と笑みが生まれました。テヘランの空港に降り立った時、私には美しい音楽が聞こえたのです。耳で聞こえる音ではありません。内面で聞く音楽です。そして、歩を進めるにつれ内面深くを感じていけるのです。とても不思議な感覚でした。ここにいると物事をよく考えていけると体が教えてくれました。

空港では、いつもと勝手が違いましたので、戸惑ったり、困る事もありました。今まで行った国とはまるで違う習慣だと感じ、ただ受け止め、無事に全てが進んでいく事を祈るばかりでした。空港からラーレホテルに到着しました。私が入ったお部屋は、とても狭く、お風呂もなく、シャワーだけのお部屋でした。狭い牢獄に閉じ込められた様な、妙な感覚となり、とても苦しくなりました。その日は一睡も出来ずに胸が圧迫される苦しみを感じ、辛い夜を過ごしました。そして、アレルギー反応が起こり、鼻水が止まらなくなってしまったのです。私は、以前より霊魂を被る時、鼻水が止まらなくなる反応があらわれます。大変酷い状態となります。浮かばれない霊魂や苦しみ彷徨う霊魂が空間に満ちていました。とても苦しく、怖いと感じる一夜が明け、苦しいままに朝食会場に行きました。いだきしん先生にすぐにこの事を告げました。一緒に日本から来た音響の方が私の体質をよく分からずに、私に睡眠薬とか風邪薬を下さいました。私は、薬は一切飲まない人間ですのでお断りしたのです。薬は飲みませんが、いだきしん先生がこの苦しみを受け容れて下さるとすぐに良くなるのです。その場で鼻水が止まり、回復に向かっていきました。ホテルのエレベーターで会うイラン人は最初幽霊かと感じ、ドキッとするのでした。大変失礼ながらよく見ると足もあり、生きている人であるのでした。が、何か抜け殻が歩いている様に見えて、とても怖かった事が心に残っています。大変な状況にある国である事を一夜の苦しみから身をもって分かりました。時に真っ暗闇の中で光が見えずに気を失いそうになる程、空間には苦しむ霊魂、人々の思いが一杯見えました。いだきしん先生のコンサートがあるから希望があるという事を心に、しっかりと地に立ち、一つ一つを確実に行っていこうと努めました。続く…。