2005年4月には再びエチオピアへ行きました。北京経由で行き、北京にも立ち寄り、北京での「高句麗伝説」開催、またカフェの展開について打ち合わせを致しました。エチオピアでは、私が一緒に合弁会社を作ろうとパートナーシップを結びました会社のコーヒー農園に行きました。ヤルガッチャフェ村です。人類発祥の地、人類最古の人骨が発見された地へ行った時程過酷ではありませんでしたが、予想を超えた過酷な旅となりました。走れど走れど行きつかない旅でした。エチオピアは、レストランもなければ、お手洗いもありませんので、早朝にホテルを出たら、何も食べない、飲めない、トイレにも行けないという事を覚悟して出発致します。道なき道をひたすら車に乗り続け、ある村に行った時に途轍もない衝撃を受けて車が止まりました。牛が激突してきたのです。フロントガラスは壊れてしまいました。幸いエンジンは無事でしたので、走行が出来ました。牛はどうしたのかと見ると、牛は立ち上がっていましたのでほっとしました。牛はとても強いという事がよく分かりました。エチオピアでなければ、この様な経験はする事はないと、只々驚くばかりでした。後日、その時運転してくれていたエチオピア人が笑って言っていました。「エチオピアでも初めての事である」と驚いていました。稀なる経験をし、ひたすらヤルガッチャフェ村へと向かったのです。途中、私が選んだ「リム」が採れるカファ地域を通りました。「カファ」が「カフェ」になったと聞く、コーヒー発祥の地です。カファ地域を通り抜け、更に何時間も車は走り続けました。長い旅路の末、やっと辿り着いたのです。ほっとし、コーヒー農園を案内されました。農園といってもジャングルです。自然の中でコーヒーの実を眺めました。とても豊かなひと時でした。
暫くし、スコールに遭遇しました。大地を叩きつける様に強い雨が降り続けます。音も凄ければ、雨の勢いがあまりに強くて、畏れを感じる程でした。私には「人間なんてちょろい」と聞こえたのです。人間は、自然の力には太刀打ち出来ないのだという事が生命をもって分かりました。自然には太刀打ち出来ない人間がどう生きるかといえば、自然を尊び、ひとつになって生きるのが人間であると、自ずと分かります。自然環境を破壊し、人間だけが生きる事は許される事ではないのだという事が、生命をもって分かります。私は、只々頭を垂れ神に祈りました。許しを請う祈りでした。自分の愚かさや傲慢さも恥じ、懺悔をする様に祈りました。私は、神に祈りながら「コーヒーは神様の贈り物」と分かりました。この神様からの神聖なる贈り物をそのまま日本に伝える事が私のやる事、と生命をもって分かりました。大切なコーヒー豆一粒一粒です。一粒は、神様の贈り物であり、神様の恵みなのです。生命に刻みました。