世界伝説 第32弾

2003年、年が明けて1月、再びタンザニアへと旅立ちました。駐日タンザニア大使より自然環境豊かな、世界で最も野生動物が生息するタンザニアのサファリを是非撮影してほしいと依頼がありました。そして、キリマンジェロの麓は病気の人も治るといわれているとお話下さいました。「この様な話を人は信じないでしょうけれども、本当にあった話です」とおっしゃいました。私は、この様な事が起こる事は自分も沢山経験していますので、よく分かる事であります。お話を聞いているだけで癒されていくエネルギーを感じ、とても心が穏やかになりました。そして自然環境豊かな反面、人間が行ってきた事の惨さが残っているザンジバル島に行ってほしいと依頼されました。今尚、奴隷貿易が行われた跡地が残っているので、そこを見てきてほしいとの事でした。大変申し訳ない気持ちでしたが、私は行く前から胸が塞がれた様な感覚となり、苦しみを感じてしまいました。「喜んで行きます」とは中々お返事が出来ませんでしたが、大使がおっしゃる事ですので、覚悟を決めて行く段取りを始めました。大使は何処に行ってもマラリアが流行っているので、マラリアの予防接種だけは受けてほしいと何度もお会いする度におっしゃって下さいました。日本でマラリアの予防接種を調べましたが、日本では行われていない事が分かりました。他の予防接種はエチオピアに行く時に打っていますので、新たに打つ必要はなかったのですが、大使が何度もおっしゃるマラリアの予防接種を打たずに行く事だけが少し気掛かりでした。大使のお勧めと、またNPO高麗の活動に賛同して下さる医療関係の方がマラリアの予防薬を下さいました。大使からは絶対に飲んでおいてほしいと何度も丁寧におっしゃって頂きましたので、飲むよりない状況でした。薬が嫌いで極力飲まないできた私は、特に、いだきしん先生にお会いしてからは一錠も飲んだ事がないのです。エチオピア、タンザニアに行くようになり、沢山のワクチンを打つようになりました。マラリアの予防薬も渋々飲んだのでした。この予防薬は大変な副作用がある事を、経験した後、知ったのでした。まず、私達はサファリパークに行きました。広大な草原に、野生動物が沢山います。最初にお会いしたのは、首の長いキリンでした。

動物園でキリンは見ていますが、まるで違う生き物と感じました。動物園で見るキリンとは別のものとはっきり分かる程、活き活きと輝いています。とっても美しいです。シマウマは絶世の美女を見ている様な気持ちとなりました。全てに美しく、見惚れてしまいます。野生動物は美しい事にとても感動しました。サファリパークの中は車で移動します。車の中から撮影をするのです。外に出ると危険であるという事は何度も注意を受けていましたので、車からは一歩も出れない状況でした。もちろん、出る気にもなりませんでしたが、大変広大な土地をずっと車で走りながら、次から次へと現わる野性動物に見入っていました。ライオンもすごい迫力があります。近くに寄る事は怖いと感じました。草原を一匹のチーターが走り抜けていました。あまりに早く、あまりに美しい走り方に魅せられました。黒いチーターです。草原を走り抜け、岩の上に座り飄々としている姿は、「かっこいい」と思わず叫んでしまいます。チーターに魅せられている私に、いだきしん先生は一言「貴方みたいだね」と驚く程嬉しい事をおっしゃって下さったのです。信じられない気持ちでした。が、私は子供の頃は、とても走る事が早く、飛び抜けて早かったので、いつも競争すれば一位でした。そんな時の事を思い出し、その時に戻り「人生これから」と感じる様な息吹が、生命の内から生まれました。野生動物を見ていると、自然の生命のまま生きる事は、最も能力が活かされ、美しい事を感じました。人間は、本当はもっと違う生きものではないかと考えはじめました。私達は作られた人間だと感じたのです。野生動物の様に、本来の生命のままに生きたら、この様な生き方もしていないと感じたのです。お会いする野生動物達の美しさは、自然の美そのものと感じました。

ある所でライオンがバッファローを食べている所に遭遇しました。私は思わず目を塞ぎ、一気に心が暗くなりました。完全な鬱状態になってしまいました。苦しくて涙がポロポロ流れてくるのです。大自然の中で、何でこんなにも心が暗くなってしまったかと理由が分からずに苦しみました。ただ、動物が動物を食べる事を真正面に見れず、受け止める事も出来ず、とても苦しく、やり切れない思いで一杯だったのです。これが自然の働きなのかと考えもしましたが、目の前でその姿を見ると、耐え難きものがありました。その時から鬱状態となってしまい、とても辛い状態が続いたのです。美しいフラミンゴのダンスを見、伸びやかに長閑なカバの姿を見、また、ヌーが集団で歩く様を見、鬱である状態が時々和んだり、安らいだりする事で何とかサファリパークでの撮影を通り抜けたのでした。

夜にマサイ族の部落のホテルに宿泊しました。夜中に吹く風の音は、とても怖く、私の知らない神が顕れる気配に身が震えたのでした。未知なる世界への恐怖を感じました。後から、この時の鬱状態はマラリアの予防薬の副反応であると知りました。生きている事が辛く、死にたくなるのでした。が、サファリパークのど真ん中で、広大な自然の中に身を置いていたので救われたのだという事が、自分の生命で分かります。後にアフガニスタンに派兵された米兵が同じマラリアの予防薬を飲み、8人も自殺をしたというニュースを聞きした。その後、この薬は使用中止になった事も後から知りました。私は、自分がその状態を経験したので、よく分かりましたし、抜け出す事が出来て本当に良かったと心から感謝しました。何度も飲まなければいけない薬でしたが、とても耐えられず、自分は最後まで飲む事は止めたのでした。サファリパークからキリマンジェロの麓のロッジに次の日は泊りました。ここも山の中で、私にはとても怖いと感じる気配に満ち、本当の自然の中は怖いという事を、生まれて初めて知ったのです。前回、キリマンジェロに来た時、キリマンジェロに昇る朝日を撮影する為に、まだ暗い中ホテルを出ました。暗闇が段々薄暗くなり、やがて朝日が昇ると同時にキリマンジェロが姿を現わしました。涙があふれました。キリマンジェロを眺めながら、奴隷となり鎖につながれている沢山のアフリカの人々の姿が私には見えたのです。人々は祈りながら大地を歩いていました。私は、キリマンジェロを涙を流しながら、祈る様に見ていたのです。いだきしん先生のコンサートのタイトルは「平和の灯」と政府の方からご提案頂きました。タンザニアが独立し、初代の大統領がおっしゃった言葉だそうです。「キリマンジャロはアフリカの屋根。キリマンジャロの上に平和の灯火が灯れば、アフリカ全土は平和となる。故に、いだきしん先生のコンサートのタイトルは『平和の灯火』にしてほしい」との事だったのです。このお言葉にも涙があふれました。キリマンジェロを仰いだ時、キリマンジェロの上に光が灯れば、アフリカ全土に光が満ちるのだと見え、人々の祈り、涙を吸収した大地が光り輝く光景が見えたのです。涙よりありません。続く…。