裏が表に... 本流・本命の本音、顕る時

<Interview & text : 岩村ゆかり>

2018年10月1日、東京・狛江での「高句麗伝説」で、いだきしん先生の存在が全面に顕され、この世の空間が一変しました。その翌日に 高麗恵子さんは仙台に向かわれ、連日「本音で生きて下さい」講演会をされました 。週末に一度 東京に戻られ 応用コース、東京での講演会を経て、翌週も毎日 仙台にて講演会を開催。講演会ツアーとも言うべき日程の終り、10月12日、仙台・勝山館で 高麗さんは新たな 歴史の真実を語り始められたのです。
それは 高麗さんが前日に淹れられた、一杯の「五女山コーヒー」より聴こえるメッセージの御話から始まりました。

勝山館の講演会で高麗さんは、いだきしん先生 焙煎仕立ての「五女山コーヒー」からメッセージを受けられた、講演会当日のことをウェブサロンに書かれています(以下抜粋)。

 

『10月10日 焙煎の五女山コーヒーを淹れると、昨日は、お腹の底から「五女山の愛」とのメッセージが聞こえ、まるで先生の声が聞こえるように「五女山の愛だよ」と力強く言われているようでした。五女山の愛がわかれば、目の前のことにゆらぐことも悲しむこともないことを渾身のエネルギーで伝えてくれました。引き裂かれた悲しみも愛によってひとつになれることを伝えてくれました。私は内面深くを感じ、五女山の愛をわかろうと必死でした。頂いたコーヒーは、大変美味しくて、感動する味でした。昨日の極上の美味しさが忘れられず、今日も五女山コーヒーを淹れていると、「五女山の愛」と聞こえます。内面深く感じると、悲しみを抱く愛が全身に広がりました。高句麗の地はどこを歩いても悲しみに満ちています。東明王様の詩に表している通りです。悲しみから生まれた高句麗ではなく、愛から生まれた高句麗であると五女山コーヒーは渾身の力を振り絞って私に教えてくれました。お腹の底に秘めていたことが全てをひっくり返し、表に現れました。人生初めての経験です。やっと生まれてきた意味が実現すると言い知れぬ喜びが湧いてきます』。 

講演会場では 演台背面の広い窓から陽光が燦々と射しこみ、光輝く高麗さんが語られる御話は、着席していた誰しもが驚き 涙する内容でした。このウェブサロンに書かれている、10/11、12、と2日に渡り「五女山コーヒー」から『五女山の愛』のメッセージを受けられた、その経緯を具体的に教えていただけましたら。

人生に於いて、人と人とが分断されたり引き離されたりすることは、普段生きている中でも 例え歴史的なことでなくても 繰り返し起こってくるもので。このことは 常に自分の心の痛みであり悲しみでもあり、それを何とかしたいのが いつも気持ちにあるんですね。一日目に コーヒーから聴こえたメッセージが「悲しみを解決したい と考えるよりも、愛によって全て解決するから とにかく愛なのだよ」というもので、それを『五女山の愛』という たった一言で コーヒーが伝えてくれたのです。その時 私は「はい。わかりました」と涙を流し淹れていました。そして翌朝も五女山コーヒーを淹れたら「『五女山の愛』なんだよ、まだわからないのか!」と、まるで いだきしん先生の御声で聴こえ、また涙を流しながら「そうですね…」と頷きました。『真の愛』を取り戻した方が解決が早いのに、自分は常に 引き裂かれた悲しみの方の、問題が解決しないことばかりを頭に入れ 何とかしようとしてきたのですね。でも問題の側より 元なる愛が解れば、別れたものも、理解し合えなくてばらばらになったものも 愛によって未来には一つになり、こちらの方が解決が早いのだと、この時『五女山の愛』という言葉と共に ある図形が見えたのです。大元が愛で、(高麗さんは図形を手で描くように)この辺りが分断されていて、分かれている状態というのは、悲しかったり問題が起きたり この世では心痛いことも多い。でも愛が元であれば、自然に、(人と人とが)離れてしまっていたりする様々な問題は 最後は解決するのだ。と『五女山の愛』という言葉の中に、図形が見えたので 一目で解ったのです。いだきしん先生が顕れると何でもそのまま表れ見えるものだ、と驚いています。

高麗さんはこの日の講演会で、10/1 を経験した時から 本流、本命の本音に出会われた と語られました。そして本流の本音は、10/11、12に「五女山コーヒー」から受けた『愛』のメッセージをきっかけにし、はっきりされた。『本流の本音に出会ったら、悲しみの奥からベールが取れて すっと愛が顕れた』と。

10/1に いだきしん先生の顕れられた存在を見て 次元が変わり、日に日に自分を覆う固いベールが溶けていく感じだったのです。本音で生きるって凄いと…。というのも 仙台でのある日、 東北の受講生の方が見せてくれた、かつて東北と高句麗が繋がっていたという 5世紀頃の地図が目に焼きついてしまって。何度もそのことを高麗屋スタッフと話していたのですが、ある時 地図を見て ロシアもすごく近い、と思わず口にしたら(ロシアの)匂いまでしてきて。「私はウラジオストクに行きたいのです」と、ふと声に出したのです。そうしたら、前から私に会いたいと仰っている ウラジオストク出身の女性が 私と同じマンションに住んでいる、とスタッフが伝えてくれて。明日ならお会いできます、と翌日、仙台から帰る日にお会いして、(私が)ウラジオストクに行くお話になったのです。
実は 今年の年頭から、自分が生まれ変わるには ロシア・ウラジオストクに行くしかない、とお腹の底から聞こえていたのです。このまま、平和を創る気持ちを実現できないで生命終わることはできない。でも現状の自分のままでは今後生きることさえ難しく、生まれ変わる以外にない。それで 生まれ変わるには ウラジオストクに行くしかない。永住してもいい、という位の気持ちになっていました。ですが 年頭から聞こえる本音はあったのに、10/1を経て 初めて人にも話すようになったのです。いつも 自分が何かに気付くと、 もっと早くに気付けば良かった、と後から思うのです。けれど それには時があり、大いなる働きかけは 一番良い時に気付くようにしてくださっていて、そうとしか思えないことが過去にもいっぱいあり、この時も 最初の本音から10ヶ月経ってはっきりと表明をしたことになります。言葉に表した時は、具体的に実現に向かう時なのです。
そういえば、山元いちご農園の代表・岩佐さんは、お会いした当初から「ここにはロシア人が視察に来る」と よくお話しされていて。私は機会があったら ロシア人の方にお会いしたい、とずっとお伝えしていたのです。
先日お会いしたウラジオストク出身の女性は、岩佐さんの所に行かれた後 結工房に来られ、別の日、偶然に仙台・高麗屋の前を通りかかって店にも寄られた。そしてそれ以前にも、何度もアンドロメダ・エチオピアコーヒーに出会っていたということで、これは普通の縁ではないと 御本人も感じていらしたそうです。それで高麗屋スタッフに「ウラジオストクでカフェを出したい時は言ってくださいね」と話されていたそうで。私は、実は ウラジオストクにカフェを出す、という願望が何年も前からあったのです。でもいつか出したい、というところに止まっていて これまでは実現に至らなかった。それが 山元町からの御縁でロシア人と繋がり、念願の ウラジオストクでカフェ、というお話にまでなるとは…。どこで御縁があるか判らないですよね。東日本大震災があり 岩佐さんと出会い、結工房に発展していきましたが、ここからロシアの御縁ができるとは、正に IDAKIで生きる人間の人生は凄いと感じています。そのロシア人の女性も、日本在住でしたが 来年 ウラジオストクに帰る、と決断したところで私と会うことになったので 何かピンとくるものがあった、と仰っていました。

自分には、12日にお話しした、大河のように流れる本流の本音は 子供の頃からあったのです。ずっと人には話さないでいましたが、ひたすらロシアを慕って生きてきて、ロシアが舞台の映画「ドクトルジバゴ」を密かに観て、ララのテーマに涙したりしていました。そして 30年程前に訪れたロシアの空港、特別室の机と椅子の木の温もり。「高句麗伝説」をモスクワで開催した前年の2008年、ロシア、アルメニア、フランス・パリを訪問した際に立ち寄った、サンクトペテルブルクの ドストエフスキー文学記念博物館。文学の香り漂う部屋での一時は、余りに幸せでした。私が最も私らしい表現のできる空間を感じ、至福の時を過ごしました。このように、自分の生命の奥には常にロシアがありました。生命の中心に大河の如く流れていたのですが、ロシアのことは今まで本当の意味で表に現したことがなかった。本流の本音を長い間 隠し、裏に置いていたのです。

裏に置いていた、「裏」とは腹の底、子宮、と講演会で仰ったのですが、子宮に本流の本音を隠していたという意味でしょうか?

そう。子宮にいつも隠しているものがあると自分では判っていたのですけれど、隠したのは自分が意図的にしたことではなくて、元々隠して生まれたのではないか?と思っているんですね。代々、運命として隠し事を引き継いできた。子供の頃から何かを隠している自覚があったのです。私は いだきしん先生と出会う前から子宮が悪く、自分にあった病気の殆どはお会いし治ってしまったのですが、唯、アレルギー(花粉症)と子宮だけが治らなかった。先生が「世の中が変わらないと(子宮は)治らない」と仰ったので、それなら世の中を変えることが全ての解決だ、と 世の中変える=IDAKIの活動 に集中して取り組みました。子宮という「部分」を治そうとしても治らない、個人が治るというようなことでもないことを、自分は以前から身体で解っていました。

その『裏に隠してきた本流の本音が今、表に現れる時』と高麗さんは話されました。この意味合いは 具体的にはロシアの大地に向かうこと、ということになりますか?

そういうことですね。言葉に表すと、高句麗の分断された悲しみが表に現れ報われる時、ということになりますが、具体的に 魂報われる解決の第一歩は、高句麗人が日本と二分して亡命したと言われるロシア・ウラジオストクに行くこと。
今まで、高句麗の魂は中国、北朝鮮、韓国にいると思っていたから アプローチの方向を自分は間違えていた、とやっと気付いたのです。私は、東アジアが一つになることを望み、高句麗の魂眠る(と思っていた)三つの国での いだきしん先生のコンサート開催を、長いこと提案しようとしてきたのです。ですが 高句麗の地でのコンサート実現は今も困難な状況で…。各々 自分の生命が長年傷つくことの連続でした。ここに来て自分に本流の本音が現れ、生命傷つくことは本流ではなかった、と長い間の辛さの意味がやっと解ったのです。高句麗の魂の悲願は、日本とロシアに分かれた魂が一つになること。そしてロシアから東アジアが一つになる道が開かれていく、と今は見えるのです。
学校の教科書に書かれていた表側の歴史には「古代朝鮮、高句麗、新羅、百済…」と書かれていました。が、実際には高句麗の源は朝鮮民族ではなくツングース族で、高句麗滅亡後に亡命した先は 日本とロシアの二国だけ。今の中国、韓国、北朝鮮にいる民族は後に入ってきた民であり、高句麗の末裔は皆無であると。このことは以前、高句麗を45年研究している学者の先生から口頭で聞いていたこともあり、自分にとって合点のいく話なのです。

以前、いだきしん先生が、韓国ドラマ「朱蒙」の中で 朱蒙の『敵の心臓を射る』という台詞を、高麗さんがいつも「高句麗伝説」で語られている言葉と同じだと仰った。このことについて、高麗さんはこれが自分の本音であるのか?と毎日 気持ちをノートに書かれていると、講演会で話されました。

敵の心臓を射る、とは昔だったら弓で射って殺してしまう という話ですよね。自分の中では例え敵であっても相手を殺すことなど100% 望んでいないのは判っていますから、いだきしん先生にそう聞こえたということが どういうことなのだろう?これを比喩と考えると自分の本音は何なのか?毎日書き出し考えました。それで歴史的にも現実的にも、今まで真実の上にたくさん違うものを乗せられてきている状態、これを全部ひっくり返し真が明らかになることを、自分は強く望んでいると判りました。真が明らかになれば、即ち「敵の心臓を射る」ことになる。もしも殺してしまえば 怨念の元になり 自分も地に埋まることになるから、これは当然答えではない。ドラマの台詞を作ったのは韓国の人ですが、実際の朱蒙様が何よりも無念だったのは、五女山は愛から始まり 愛を実現するために国を創ったのに、高句麗は最後 潰され裏切られ、愛が実現しなかったこと。それでも今、いだきしん先生に出会って愛を実現しようとしている。このことが正しく「敵の心臓を射る」であると。まともな人間であれば、相手がだめになることを望む訳はないですよね。でも真の人間にならないと、人によっては通じ合えない無念さは続く。人間として解り合えるということが、一番の気持ちが晴れる結末です。それしかありません。

本流の本音の御話に戻ります。高麗さんに本流の本音が生まれ 突然 ロシアへの道が開かれたことを、いだきしん先生にお話しされたら 先生が『ロシアには高句麗人(びと)がいるからな…』と仰り、それがロシアに伝搬した、とお聴きしました。この時のご様子を伺えましたら。

一言仰った瞬間、先生が、ロシアの地に埋もれたり 闇に覆われた高句麗人の魂をキャッチし受け容れられ、繋がったように見えたのです。先生がキャッチされたから 闇がだんだん溶け、魂が動き始め表に出てくる光景が見えました。私はウラジオストクに行きたいけれど、もし個人的にただ思っている状態で、世界の平和と人類の未来を考えておられる先生が(そこは)違う、と仰ったら行かないと決めていました。でも先生に伺ったら、ロシアには高句麗人がいるから…と仰って 次には行く という御話になったので、進めていけるなと。

ロシアにいる高句麗人の魂に 先生の御言葉が伝搬して、もう動き出した訳ですね。
ではこれから、(京都の魂の声)「姫よ」のような、ロシアの魂の詩が生まれるかもしれませんか?

そうですね。匂ったら書きたいと感じています。言葉にすると、また魂と繋がり伝搬することを 過去にもいっぱい経験してきていますので…。今 生まれそうな予感がしています。