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暑い日でしたが、夕方になると府中の森芸術劇場にて、いだきしん先生のコンサートが開催されるので、楽しみにし、「高句麗伝説」コンサートに向けての文章を生まれるがままに書き記しました。今日も深い気づきが起こり、心から感謝します。母が亡くなり、初七日もしない時に五女山に行った時、外国人である私は五女山に入ることを禁じられていましたので、切ない気持ちで五女山を眺め、詩を書いていたのです。内から生まれる言葉は「紛い者を排除せよ」です。考えたこともない言葉が生まれ、大変衝撃を受けました。今でも胸がドキッとし戸惑った時のことをよく覚えています。今になるとわかる言葉です。私は無意識の内に常に内にも外にもある紛い者を排除し、どこから見ても嘘偽りなく生きることを目指していたのだと自覚しました。そして今日の府中でのコンサートにて、自分の内に紛い者があっては聖なるちからは働かないことを生命をもって経験し、わかりました。ありがたいことに聖なるちからが注がれ、聖なるちからと一体となっていける体感がありました。より美しく、より清く生きることの喜びに満たされました。これからは聖なるちからがはたらく生命となり生きていけば正義は実現すると見え、言いようのない喜びに胸いっぱいとなりました。正しいことがまかり通らない世の中では生きていけるものではありません。光は光とあるように、美しいことも美しい事とし生きていく生き方を学びました。今後も常に内を浄め、美しくあることに尽くします。かけがえのない、いだきしん先生のコンサートの経験により、真の希望を抱き生きていけます。パイプオルガンもピアノの音も神聖なる音であります。生きてこの音を聴けるだけでも何という幸せでしょう。その上に人間とし最も大切なことを学び、経験できるのです。世界中にお伝えせねば申し訳ないといつも感じ、今後も世界へとコンサートを発信して参ります。多くの方にご経験いただけますように。。。